固定ページで述べたように、私たちの人生は成るべくしてなっているので、完全であるといえます。ですから、こうして欲しい、ああして欲しいと祈る必要はありません。しかし、実生活では諸事に振り回されて、私たちの本質を忘れて苦しむことがあります。その様なときに私達たちは祈ります。
次に、個々のケースについて、私の祈りの一例をお話しします。
*困難に遭遇して、努力をしても、自分ではどうにも出来ないと感じるとき、私は神に祈ります。「私は努力をしましたが、どうすることも出来ません。これからは、神様にお任せします、私にとって最善になる様にお導きください」と、真摯に神に祈ります。その後は神に任せて悩みません。悩むことは神を疑うことになると考えるからです。
*苦しんでいる人を見たとき、自分が援助する都と共に、神に祈ります、「どうか助けてやってください、彼らにとって最善な道にお導き下さい」と祈ります。
*自我に囚われない純粋な意識を想うとき、私は無心に祈ります。この祈りは、本来の自己(神)に近づき、その本質を感じて、一つになりたいと願うものです。
*自我に振り回されて人を傷つけてしまったとき、祈ります。「私は未熟で人を傷つけてしまいました。どうか私が人を傷つけない様に、お導き下さい」と祈ります。
祈りについて
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